現在オンライン >プレイヤー:   トーナメント:  

Jason Mercier のキャリアをスタートさせたハンドから 9 年

投稿者: Stephen Bartley、投稿日時: 2017/4/26 3:10 AM

PokerStars Championship モンテカルロの前夜、私たちは、EPT 史上最も記憶に残るハンドの 1 つである Jason Mercier と Eric Koskas の戦いを振り返っていました。サンレモのリビエラ海岸沿いを車で少し行ったところにある会場で行われたこのハンドは、ポーカースターズの歴史の中で最もスリリングなハンドの 1 つとして記憶されています。

本当に皮肉なことですが、ポーカースターズ史上最も有名なハンドの 1 つをプレイし、EPT メインイベントで優勝を飾り、輝かしいキャリアをスタートさせた男は、もう一度同じ局面に立っても絶対に同じプレイはしないでしょう。

ps201706111.png

9 と 5 のオフスートは盛り上がりに欠ける手札ですが、フロリダから初めて行き当たりばったりの旅でやってきて初開催の EPT サンレモ メインイベントの最後の 4 人まで勝ち残った当時 21 歳の Jason Mercier はハンドをプレイしたくてうずうずしていました。アンダー・ザ・ガンで手札を見るとベットしたのです。
「9 と 5 のオフスートでオープンベットしてコールされたときは、かなり後悔していた」と Mercier は 9 年前を振り返ります。「あんなにルースにオープン ベットすべきじゃなかったって」

理由は明白でしょう。

Mercier の相手はカリスマ性のあるフランス人 Eric Koskas で、Mercier は彼がかなりルース アグレッシブで思い切ったブラフをする傾向があることを知っていました。Mercier に言わせれば「人を試すようなプレイヤー」です。

他のプレイヤーにとってはそれだけで挑戦を受けるに足るかもしれませんが、Mercier はそのように試される機会を求めていました。その結果、EPT 史上最も記憶に残るハンドとなったのです。

***

Mercier にとって一世一代の出来事となったこの旅も、出だしはストレスでいっぱいでした。

「ライブ ポーカーは始めたばかりだった」と Mericer。「それまでに唯一ポーカーをしに旅したのは、3 か月前に PCA に出場するために行ったバハマだった。僕はオンライン ポーカーで生計を立ててる 21 歳の若造だった。ツアーを回ってライブ ポーカーで勝利することに飢えていた」

Mercier はすでにグランドファイナルへの途上でしたが、海岸沿いの近くにあるサンレモも当然訪れるべきだと考え、ポーカースターズのサテライトに参加して、チケットを獲得しました。

「かなりワクワクしてたね。自分がどれだけやれるか試したかったんだ」
多くの新参プレイヤーのように当初の目標は Day 1 を勝ち残ることでしたが、それは容易ではありませんでした。

「スターティング チップの 1 万チップがある時点で 3,000 チップほどまで減ったんだ。とても面白い経験だった。いろんな信じられないような出来事が続いて、トーナメントを優勝したんだ」

ps201706112.png

まず、旅自体が大変でした。21 歳にとってはやるより言う方が簡単です。

「自分が何してるのかよく分かってなかったんだ」。リビエラへ行くのに最悪なルートを予約したのです。「予約した便は 2 つの航空会社で 2 回乗り換えが必要だった。バッグを取りに行ってチェックインしていたらフライトを逃すはめになったんだ」

「2 つ持ってきたバッグの内ニースに着いたのは 1 つだけだった。ホテルに着いて一息つくまでに『俺は旅に向いてない』って感じになってたんだ。皮肉にも、この旅をしてから 10 年間ほとんどノンストップで旅することになったんだけど」

***

ここで Mercier の解説を交えてハンドを振り返ってみましょう。

その時点でファイナルテーブルに勝ち残っているのは 4 人。9♠5♥ の手札をちらっと見て Mercier はアンダー・ザ・ガンから 80,000 をオープンベット。ボタンの Anthony Lellouche とスモールブラインドの Dario Minieri はフォールド。残るはビッグブラインドの Koskas です。
先にチェック・イン・ザ・ダークをしていた彼は T♥3♠ でコール。フロップは 5♣J♥6♦。

「フロップでボトムペアならベットもチェックもできる。どっちでも構わない。でも相手が相手だったんで、チェックしたかったんだ。ツーペアかスリーカードができるか、安くショーダウンまでいければいいって」

Mercier はチェック。ターンは 8♣。「トゥー トゥエンティー」。Koskas はそう言って (187,000 チップのポットに) 220,000 をベットしました。

「フロップでチェック ビハインドして、ターンに 8 が落ちてガットショットになった。それで彼が爆弾を落とした。その時はベスト ハンドを持ってる確信はなかったけど、相手がターンでブラフしてくる可能性がかなり高いと知ってた。彼が J か何かを持っていて、僕が 5 か 7 をヒットしてハンドを完成させたら、相手の残りチップを取れるだろうって」

ps201706113.png

「ターンでフォールドすることは考えてなかったから、コールした後にリバーでもう 1 枚 8 が出て彼がすぐにオールインしたので、本当に厳しい決断を迫られた」

リバーに 8♥ が出ると Koskas はほとんど衝動的に「オールイン」を告げ、立ち上がりました。Mercier の手持ちは 2,200,000 チップで、コールには 70,000 チップが必要です。

「自分が取り得る選択肢を評価したんだ。コールか、それともフォールドか。フォールドしたら手持ちのチップがどうなるか、そしてトーナメントで優勝する可能性がどうなるかははっきりしていた。でもコールして、その判断が正しければ、トーナメントに優勝できる、あるいは優勝に向かって優位になれるチャンスだと思った」

「フォールドなら多分 3 位か 4 位になってそれなりの賞金が手に入る。かなりの額だけど人生を変えるほどではないかもしれない。でも優勝賞金は当時 21 歳の子供にとってはとてつもなく大金で、僕は本気で優勝しようとしていた」

「相手に手があるのか、それともブラフなのか見極めようとしながら、ずっとこんな考えが頭の中を回っていた。彼はちょっとしたヒントをくれていた。彼のこれまでのプレイを振り返って、ブラフの時の彼の様子や手を持っていた時の様子を思い出していたんだ。で、その時の様子がブラフをしていた時とよく似ていたから、最終的に自分の直感に従うことに決めた。コールして彼のブラフに賭けたんだ」

「コール」と Mercier。

テーブルから離れて立っていた Koskas は、ハンドで負けただけでなくトーナメントからも敗退したことを噛みしめつつ自分の手を公開しました。

ps201706114.png

一方 Mercier は優勝賞金 €869,000 目指して邁進していました。

***

Mercier のキャリアが始まったこのファイナルテーブルを James Hartigan は ポーカースターズのコメンテーターとして最前列で見ていました。振り返ってみると予兆はあったものの、この時点で Mercier の未来を予言することは難しかったと言います。

「この男が世界で最も偉大な MTT プレイヤーの 1 人になるとは思ってもみなかった」

サンレモで Mercier が優勝した 1 週間後に Hartigan は初めて彼に会いました。愛想がいいけどちょっと神経質な Mercier は EPT Live にゲスト解説者として招かれたのです。

「正直なところ、数週間後に彼がバルセロナで 2 つ目のメインイベントのタイトル獲得にあと一歩まで迫り、ロンドンで初開催のハイローラーを制するまで誰も彼が『特別』だと気付いてなかったと思う」

私たちがそれに気付いてなかったとしても、Mercier の才能の片鱗はすでにロンドンで明らかになっていました。9 年間に獲得したライブ トーナメントの賞金額は 1,800 万ドルを超えます。5 つの WSOP ブレスレットと世界中で 22 個のタイトルを獲得し、最近では今月セミノールで開催されたハイローラーで 794,000 ドルを手中に収めています。

ps201706115.png

Casino Sanremo の外で優勝トロフィーを手にする Jason Mercier。まだ外は明るく、ファイナルテーブルがどれだけ早く終わったのかが分かります。

サンレモでのあの日の事はまだ Mercier の中で色あせていません。プレイの最中でもそれを理解しているようでした。

「ノーリミット ホールデムはまるでリバーのような局面になることがよくある。こいつはブラフしているのか、それとも手ができてるのか? 自分よりも強いのか?」と Mercier。「こうした厳しい判断がトーナメントで優勝する助けとなるし、優秀なプレイヤーと偉大なプレイヤーの違いを生むんだ」

すでに優秀なプレイヤーだった Mercier の場合は、Koskas へのコールが偉大なプレイヤーへの第一歩だったのかもしれません。

***

勝利は Mercier に扉を開きました。同年代の多くのプレイヤーと同じように、もっとたくさんライブ ポーカーに参加し、より高額なステークでプレイして、世界最高のプレイヤーたちに仲間入りすることを目指していました。サンレモで獲得した賞金によって、もっと強いプレイヤーともっと高額なステークでもっとたくさんプレイすることが可能になったのです。

しかし、Mercier には実際的な面もあります。

「もちろん、無一文になったり、もう一度ちゃんとした仕事を就かなきゃならなくなる可能性も考えてた」と Mercier。「学校には 9 か月間行ってなくて、オンライン ポーカーで生計を立てようとしていた。資金が 10 倍かそこらになって、『よし、これで二度と働かなくても大丈夫だぞ』と思ってほっとしたんだ」

ps201706116.png

「僕は基本的にお金については慎重で浪費家じゃない。自分が責任と分別をもってポーカーをプレイしようとすることは分かってた。それだけじゃなく、良い投資をして将来のために備え、本当に二度と働かずに済むようになって、若い内に引退したいね」

「自分のプレイしたいゲームや練習したいことするための選択肢がすごく増えたんだ。自分の腕を上げるためにいくらでも時間を費やせるようになった。それだけの余裕があったんだ」

***

Mercier はこれらの選択肢を最大限に活用しました。トーナメントでの成績は成功を重ねており、その成長ぶりを示しています。

また 9 と 5 のオフスートが来たらどうする?

ps201706117.png

「アンダー・ザ・ガンで 9 と 5 のオフスートでオープンベットはしないよ!」と笑いながら言います。「それがあまり良いハンドじゃないってことを学んだんだ。どんな手札でもプレイする相手には特にね」

「でも、オープンベットするかは別にして、まったく同じようにプレイしただろうと思う」



アーカイブ

[an error occurred while processing this directive]